2024年10月8日
会員著書案内著者名 | 書名 | 出版社 | 出版年 |
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山田仁 | 『夢見る言葉――作中物語の力学』 | 水声社 | 2024年 |
【梗概】
序章
作中物語の内容に偏重していた視座への反動として構造主義物語論の研究志向を肯定的に評価しつつ、物語の時間性や読書体験などの動的側面への配慮不足などその盲点と限界そしてそれに対する反省を反映するスタンスに本論が立脚することを明確にする。構造主義物語論を超克する試みとして、言語行為理論や認知言語学の志向する立場を肯定する。本論の基本的視座は作中物語を作中コミュニケーションの実践の時空として理解する。コミュニケーション論とメディア論を援用することによって、作中コミュニケーションのパフォーマンス乃至はごっこ遊戯(make-believe)そしてメディア使用が意味生成に積極参与するとの主張を展開する。本論は意味世界を、多様な相互作用の力学に翻弄される変動的現象として捕捉する。
第一章
作中挿話を生起させるコミュニケーションを分類する。分類は、コードをめぐる二つの実践、即ちエンコーディングとデコーディングが作用するか否か、換言するならばそれらが作中パフォーマンスとして外形化されるか否か、あるいは読書体験論に落とし込むならばそれらが体験に喚起されるか否かの判断を基準とする。四つの類型に分類する、即ち、エンコーディングとデコーディングの両方が作用する類型、エンコーディングは作用するもののデコーディングは作用しない類型、デコーディングは作用するがエンコーディングは作用しない類型、そしてエンコーディングとデコーディングの両方が作用しない類型である。本論が一方向役割分担的なコミュニケーションモデルを否定し双方向役割共有モデルに則すること、コミュニケーションが終わりなき継続性に翻弄される力学的磁場であることを確認する。それぞれの類型を文学における具体的事例に求める。
第二章
第二章から第五章はケーススタディである。採用される事例は自らがコミュニケーションの媒体であることを意識する作品、言葉それ自体を対象として主題化する小説である。第二章は、エンコーディングとデコーディングが相互に作用する事例をファウルズの『コレクター』に見出す。女子美大生が監禁下に書き遺した日記の読書体験は、監禁犯による盗み読みを読者が告知される以前と以後との間でその肉筆を擬似生体から擬似死体へと変質させる。
第三章
エンコーディングは作用するもののデコーディングが欠落する事例をボルヘスの「八岐の園」に求める。書かれながら読まれることを許さない諜報員の供述調書は、それが再現する世界を無数に分岐・並行・拡散させながら立ち所に瓦解させる。瓦解は歴史的事実と虚構とを越境する。闇に葬られた瑣末な文書はエスタブリッシュされた世界史をも砂の楼閣の如く崩落させる地下マグマを胚胎する。
第四章
デコーディングは作用するもののエンコーディングが空白である事例としてカルヴィーノの『宿命の交わる城』を扱う。テーブル上を埋めるタロットカードは怪しげな指標機能を発揮し旅人による奔放なデコーディングを触発し、無数の意味世界を卓上から溢れ返らせる。
第五章
エンコーディングとデコーディングの両方が真空である事例を俎上に載せる。夢や幻覚は主人公の脳内に生起する出来事であって、いかなるエンコーディングもいかなるデコーディングをも経験しない。キャロルの『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』がその事例として採用される。インクの痕跡は文字を夢見る。文字はインクの痕跡としての素姓に自己覚醒する。鏡は無限後退を誘発する。意味を創造する営みであるエンコーディングとデコーディングの欠如は、脳内に発生する言語現象を無際限の後退に消尽させる。第三章から第五章の都合三章は、音声を指し示す指標装置として文字を利用しながら同時に指標機能から文字を解放する事例に限定される。コミュニケーションの機能不全が、指標以外の別のアスペクトに読書体験を覚醒させる。
終章
本論が草創から辿った経緯を回顧し、作中コミュニケーションをエンコーディングとデコーディングを規範として分類するに至る推移を明かす。本論に提起されるであろう批判を先取りし、それらに関して附言する。附言は、作中物語が小説による身許確認、即ち小説が文字の集積であり書物であることの自意識に覚醒する契機を与えることに及ぶ。作中におけるエンコーディングとデコーディングの作用と機能不全の議論が開く可能性と、それが臨むべき研究課題を展望する。作中コミュニケーションの議論は、含意される書き手と含意される読み手とのコミュニケーションに関する議論に援用し得る。
【目次】
プロローグ ――――――――――7
序章 ――――――――――11
1 内容偏重 11
2 構造主義物語論 14
3 構造主義物語論の超克 19
4 本論のスタンス 30
5 構成 38
第一章 作中コミュニケーションの分類 ――――――――――41
1 コミュニケーションの構成要因 41
2 作中コミュニケーションの分類 42
3 作中コミュニケーションの成立 44
4 コミュニケーションの不成立 76
5 作中コミュニケーションの力学と読書体験 97
第二章『コレクター』――女子美大生は二度犯される ――――――――――99
1 スタック構造 100
2 一度目の日記体験 113
3 メディアとしての日記 131
4 凌辱される日記 140
5 エンコーディングとデコーディングとの相互作用 153
◆力学不在へのプロローグ ……………………………………………………159
第三章 「八岐の園」――崩落する世界史 ――――――――――163
1 闇に葬られる言葉 163
2 分岐する読書 167
3 入れ子にされる無数の可能世界 173
4 可能世界の崩落 180
5 越境する瓦解 186
6 アール・ブリュット再び 193
第四章 『宿命の交わる城』――喧騒のタロット ――――――――――199
1 タロット・コミュニケーション 200
2 宿命の連立・対等・潜伏 218
3 宿命の溢れ返る城 229
4 タロットから言葉へ 249
第五章 『鏡の国のアリス』――夢見る言葉、夢見られる言葉 ――――――――――263
1 作中の夢 265
2 漂流する世界 271
3 ごっこ遊戯の主客逆転 274
4 夢見られることの自覚・無自覚 278
5 無限後退 284
6 言語事件 292
7 夢見る言葉・夢見られる言葉 308
◆力学不在のエピローグ ……………………………………………………313
終章 ――――――――――317
1 反省――文字・声 317
2 反省――エンコーディング・デコーディング 318
3 自意識論 326
4 展望 328
註 331
参考文献 339
索引 355
エピローグ ――――――――――363
目次