2024年5月7日
会員著書案内著者名 | 書名 | 出版社 | 出版年 |
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渡千鶴子(責任編集)北脇徳子・木梨由利・筒井香代子(編著) | 『「帰郷」についての10章』 | 音羽書房鶴見書店 | 2024 |
【梗概】
本書は、今年38年目を迎える十九世紀英文学研究会から発刊された。数年間隔で論文集を刊行しており今回で5冊目である。偶然だが、トマス・ハーディが『帰郷』を出版した年齢と奇しくも重なる。38年を顧みると、近年益々研究会を取り巻く環境が厳しくなっているように思われる。それでも会員たちは研鑽を積み、研究への意欲を失わずにより豊かに成長することを目指して、21世紀的視点から『帰郷』を読んでいる。研究者のみならず、大学生、大学院生に多少とも裨益でき、楽しんでいただけることを願った1冊である。
第一章(風間末起子):四部「開かぬ扉」を中心に、息子への母親の溺愛、嫁と姑の確執、息子の結婚への反感と妥協という人間の営為が、聖書のエバや異教の魔女といった寓意を使って、またシェイクスピア悲劇やギリシア悲劇の引喩を使って、多層的に表現されていることを例証している。
第二章(木梨由利):ヴェンは一見トマシンの添え物にも見えるが、彼は『帰郷』の全体的な枠を作り、物語を進めるという重要な役割を果たすだけでなく、トマシンへの私心のない愛を貫くことによって、クリムを主役とする悲劇的な物語とも共存しうる、彼自身が主役の物語を見せていることを検証している。
第三章(筒井香代子):ハーディが作品中、最重要人物と位置づけたクリムを、古典及び聖書中の人物やエグドン・ヒースと関連づけて考察し、同時に母親や妻ユーステイシアとの関係についても論じて、クリムの人物像と彼が示す悲劇性を浮かび上がらせている。
第四章(渡千鶴子):固定化されたジェンダー規範の攪乱や男性と女性の性の枠組みを越境した現象をユーステイシアの異性装に見い出し、その後、クリスチャンの性的マイノリティに焦点を当て、読者を曖昧な状況に置きつつ工夫を凝らしながら、性の多様性を描いたハーディの視座を垣間見ている。
第五章(杉村醇子):ユーステイシアの怒りの対象とその人物造形の由来を確認したあと、クリムとトマシンの怒りを検討している。また、エグドン社会に対するユーステイシアの反発と受容の態度を指摘してから、錯綜した怒りの悲劇的な有様を明らかにしている。
第六章(北脇徳子):ワイルディーヴの軽率な行動に翻弄され、クリムの近代性とオイディプス・コンプレックスの犠牲になり、ヒースの代弁者ヴェンの行動によって悪化した事態に巻き込まれ破滅するユーステイシアが、共感と憐憫の情を読者に呼び起こすことを論じている。
第七章(橋本史帆):村人の発言の中でもゴシップに着目して、それが村人より身分の高い住民に与える影響を分析している。そして、住民が抱えるコミュニケーションの問題と、村人の発言が果たす役割を明らかにしながら、エグドンの社会を解明している。
第八章(高橋路子):クリムの帰郷がペニー郵便の開始時期と重なることを着眼点として、手紙の扱われ方やその影響を考察して、エグドン・ヒースが近代化の動きによって失われつつある、あるいは失われた世界の表象として読めることを論証している。
第九章(金子幸男):ものを見る際のスケールの問題と光学機器の問題は、小説が依拠する悲劇とパストラルのジャンルと密接な関係があることに注目して、大小の価値序列を転覆する、複雑で豊かな小説をハーディが描いたことを跡づけている。
第10章(髙橋和子):論旨の大部は、ユーステイシアの造形がボヴァリー夫人からの借用であることを明確にする点にあるが、性関係の表現の不自由さという問題にハーディが挑んだことが、ユーモラスな村人たちの無邪気な会話の中や、男女の三角関係の中に描かれていることに強い光が当たっている。
索引
執筆者紹介