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2024年2月22日

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著者名 書名 出版社 出版年
梅垣昌子 『フォークナー 語りの力――その創造性の起源へ』 名古屋外国語大学出版会 2023


【梗概】
 モダニストの作家として知られるウィリアム・フォークナーは、南北戦争の英雄を曾祖父にもち、自らは第一次世界大戦の空軍士官、ボヘミアンの芸術家など若い頃から複数のペルソナを使い分けた。その変幻自在の作家像は、作品世界の重層性とも呼応する。本書では作品ごとに最適化されたフォークナーの語りの方法に着目し、そのメカニズムこそが、アメリカ南部社会における人種とエスニシティの複雑な関係性や問題系をあぶり出すにあたって極めて有効に機能する装置となっていることを解明する。
 本書では主として短編小説に焦点を絞った。「芸術性や技量の高さの要求度という観点から、最高峰は詩、次に短編、そして最後に位置するのが長編」と述べたフォークナーにとって、短編小説は緻密な構成力と芸術的な手腕が試される重要な表現形式だった。本書ではまた、従来あまり顧みられなかった脚本家としてのフォークナーにも光を当て、詩人・作家・脚本家という3つの側面の総合的かつ相補的な相乗効果によって、フォークナーの語りの手法が発展したことを指摘する。なお本書は4部構成とし、各部の最初と最後にコラムを置き、作家の創造世界と現実世界の接点について概観した。
 第1部「土地」では人種問題をテーマとする作品を扱う。第1章では「あの夕陽」を取り上げ、黒人音楽のブルースとの関連性に触れつつ語りの「ゆらぎ」に注目する。第2章では「乾燥の九月」を取り上げ、詩的イメジャリーの多用に触れつつ、ヘイトクライムを生む共同体のメカニズムについて論じる。第3章では「黒衣の道化師」を『行け、モーセ』のメタ・ストーリーと捉え、主人公がコメディア・デラルテの道化師に重ねられている意味を考察する。
 第2部「時空間」では「インディアン物語」を取り上げ、時間と空間の概念が自在に再構築される過程を観察する。第4章では「紅葉」の対位法的な語り、第5章では「正義」における入れ子構造、第5章では「見よ!」における鏡像のイメージと、それを戯画的に反復する語りに注目し、先住民の物語が、白人と黒人の人種問題を別次元から眺めるための緩衝地帯として機能している点を指摘する。
 第3部「視点」では情景を緻密な言語で可視化する映像的な描写に着目しつつ、戦争をテーマとする作品を扱う。第7章では「山の勝利」について、セクションの進行にともなう視点の移動、第8章では「勝利」について、往復する時間軸や移動する視点とエピソードの並置に注目する。第9章ではフォークナーが脚本制作に関わった映画『永遠の戦場』を取り上げ、脚本の仕事が作家としての活動に新たな視点を導入したことを指摘する。
 第4部「起源」では、フォークナーにとって強烈な異文化体験となったニューオーリンズ時代に注目する。第10章では「インディアン物語」とニューオーリンズとの関連性を論じ、第11章と第12章では初期の小品「ニューオーリンズ」を取り上げ、フォークナーが11人の語り手を生み出してそれらを内面化し、豊饒な作品世界を構築するに至った道筋を検証する。
 付録として短編集等の収録作品一覧や「デジタル・ヨクナパトーファ」の概要等を掲載している。


【目次】
序に代えて

第1部 フォークナーの土地
 ・フォークナーのミシシッピ
 第1章「あの夕陽」とデルタの変容 ―フォークナーのブルース
 第2章「乾燥の九月」における共同体のメカニズム
 第3章「黒衣の道化師」の象徴性 ―フォークナーのコメディア・デラルテ
 ・テネシーからニューオーリンズまで

第2部 フォークナーの時空間
 ・伸縮自在の時空間に交錯する過去と現在
 第4章 アポクリファルな世界の「インディアン物語」―「求愛」から「紅葉」へ
 第5章「正義」―「公正な裁き」の裏側
 第6章「見よ!」―鏡に映った他者と逆転の構造
 ・アポクリファルな世界の「金鉱」とニューディールの考古学

第3部 フォークナーの視点
 ・小説家の構築力と脚本家のダイナミクス
 第7章「山の勝利」―失われた銃声
 第8章「勝利」―その裏側の真実
 第9章 フォークナーの十字架 ―『永遠の戦場』への出兵と帰還
 ・フォークナーとハリウッド

第4部 フォークナーの起源
 ・フォークナーとニューオーリンズ
 第10章 フォークナーの修業時代 ―薄明かりのニューオーリンズ
 第11章 フォークナーと十一人の語り手たち ―「ニューオーリンズ」の光とゆらぎ
 第12章 フォークナーの鏡の家 ―「ニューオーリンズ」の語りの円環
 ・異郷の縮図ニューオーリンズ

あとがき
付録
主要参考文献
索引

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