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2024年3月28日

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著者名 書名 出版社 出版年
玉井暲 著 『イギリス世紀末文学の詩学——ウォルター・ペイターとオスカー・ワイルド』 金星堂 2024

【梗概】
 イギリス世紀末文学は、ロマン派の亜流、ヴィクトリア朝文学の異端として放擲されてきた経緯があるが、むしろ次の時代のモダニズムの文学・芸術に繫がる連続性を検証することによってその独自な特質と今日的意味が把握できるのではあるまいか。このようなパースペクティヴのもとに、テクスト構造のありようと言語意識に注視して、イギリス世紀末文学の詩学を探ったのが本書である。
 イギリス世紀末文学の代表は、ウォルター・ペイターとオスカー・ワイルドである。本書は、この二人を中心にして、その言説空間の特質を解明しようとした研究であるが、まず、世紀末文学の先駆者としてジョン・ラスキンを位置づけ、ラスキンの芸術観と「純粋な事実」を追求する言語意識を問題に取り上げた。また最後に、世紀末文学の継承者としてアーサー・シモンズに注目し、シモンズの掲げた象徴主義のなかに伝達不能性の言説空間への警戒的姿勢が窺えることの意味について考察した。
 ペイターは、ラスキンが「ありのままの事実」を直視しようとしたのに対して、「事実についての印象」を追求し、両者の間に詩学のうえでは相違を見せることになるものの、対象をありのままに捉えようとする姿勢自体には共通するものがあることの意味を考察した。この姿勢は、ペイターにあっては文学・芸術における表現媒体のもつ固有の条件や制約を重視する詩学に発展する。ペイターの対象についての印象を追い求める詩学は、小説テクストにあっては、均質的な言説空間から逸脱したとも見える物語空間を創出する結果となっている。
 ワイルド文学の特徴は、文学におけるありとあらゆるジャンルに挑戦したと言えるほど、長編小説、短篇小説、童話のみならず、風習喜劇、悲劇、獄中文学の創出や、批評の至高性を掲げる創造批評の提唱に至るまで、多種多様なテクスト群を産出したことである。このワイルド文学の全体像を貫く詩学を把握するには、テクスト構造の仕組みとその特有な言語運用に注目し、それらの個性的なテクストを一つ一つ丁寧に精読することから始めるしか途はない。これにより、ワイルド文学における言語空間を占める自意識、とくに読者の眼差しを過剰に意識する言説空間が、批評性を内蔵したテクストとして明らかになった。

【目次】
はじめに
第一部 ジョン・ラスキンとウォルター・ペイター
 第一章 ラスキンの詩学とぺイターの詩学
     ――「ありのままの事実」と「芸術の制約」をめぐって――
第二部 ウォルター・ペイター
 第一章 ヴィジョンのなかのローマ――『享楽主義者マリウス』――
 第二章 『享楽主義者マリウス』における間テクスト的空間とその時間性
       ――現実のテクストと幻想のテクスト――
 第三章 『家のなかの子供』における旅立ち
 第四章  絵画空間のなかの音楽――「ジョルジョーネ派論」再考――
 第五章 〈不在〉のエロティックス—ペイター試論――
 第六章 ウォルター・ぺイターと「透明的性格」
 第七章 ぺイター文学と現代批評
 第八章 ぺイターとワイルドの文体論――「文学的建築」をめぐって――
第三部 オスカー・ワイルド
 第一章 『ドリアン・グレイの肖像』における図柄
 第二章 ワイルドの批評とホイッスラー
 第三章 快楽のゆくえ――『まじめが肝心』――
 第四章 『ウィンダミア卿夫人の扇』におけるドラマティック・アイロニー
 第五章 社交界の劇空間――『つまらぬ女』を中心に――
 第六章 ダンディの求愛――ワイルド喜劇論――
 第七章 サロメ』と世紀末的テクスト
 第八章 マルシュアスの歌――『獄中記』、童話、『レディング監獄の唄』――
第四部 アーサー・シモンズ
 第一章 アーサー・シモンズと象徴主義
      ――マラルメの「氷結した不浸透性」をめぐって――

初出一覧
あとがき
引用文献・参考文献
索引

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