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2024年8月12日

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著者名 書名 出版社 出版年
須藤温子監修、木村三郎+植月惠一郎編著 『ハートの図像学――共鳴する美術・音楽・文学』 小鳥遊書房 2024

【梗概】
 心臓自体を表し、愛情も形象化できる、誰もが思いつくあのハート形。なぜ普遍的ともいえる、鉄板のハート形を手に入れたのか。おそらく心臓に関わる自己保存と恋愛感情に関わる種族保存という生命体には根幹を成す二つの保存本能を表すことができたからではないだろうか。
 それにしても、握り拳大で心筋の力によって全身に血液を送り、平均寿命でおよそ30億回と言われる鼓動をドクンドクン、ときめく愛などではドキドキなどと表され、擬音語をもつ唯一の臓器と言われる心臓が、なぜあのハート形になるのか。古くは紀元前4世紀キュレネで貨幣のデザインに、逆ハート形をしたシルフィウムの種や実が描かれ流布したとか、女性の身体の一部を象徴しているなどと諸説あるものの、成立の詳細については闇の中だ。
 本書のタイトルに取った図像学は、手法としては、パノフスキー(1892-1968)のイコノロジー(図像解釈学)に近く、本来の図像学よりも深く、絵画・彫刻等の美術表現の意味やその由来などについての研究に留まらず、その形象の根底に潜む歴史意識、心性、文化などを研究しようとするものである。
 ハート(heart)という言葉には、臓器としての心臓と精神的な心の意味が重なる。英文学と関連する論考では、ジョージ・ウィザーの『エンブレム集』(1635)のハートについて論じたものがあるが、当然、まず『聖書』以来の心の意味を視野に入れつつ、形而上詩のハートを考察する。ウィザーがロレンハーゲン(1583-1619)の『精選エンブレムの核心』から借用したハート形は祭壇に載せられているところから、とくにジョージ・ハーバートの「祭壇」を取り上げ、石と化した心臓を積み上げて完成する祭壇との関係を論じつつ、イギリスの「心臓詩」の系譜を辿っている。他に文学との関連では、「中世フランスの文学テーマ『愛の嘆き』とハートの形象化」や「人魚の魂・男の心臓――『ウンディーネ』、『人魚姫』、『漁師とその魂』」も大いに参考になるだろう。
 結局、ヨーロッパ文化史の文脈では、心臓がハート形で描かれるのはおそらく14世紀以降だが、16世紀以降流布するエンブレム・ブック(寓意図像版画集)の影響も見逃せない。ハート形はキリスト教の聖心信仰の隆盛と連動し、次第に固定化され、キリスト教を代表する表象として機能していく。歴史の教科書によく掲載されている、16世紀半ば来日したイエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルのもつ「燃え上がる心臓」は有名だ。
 日本でもハート形は猪目として知られ、この猪目透とか猪目形とは、形状が猪の目に似ているところからだが、主に魔除けとして神社仏閣の建造物や刀剣等の一部として用いられたり、伊藤若冲(1716-1800)の老松白鳳図の鳳凰の鶏冠や羽の先端部にハート形が見られる。
 ハート形の起源や文化史的変遷を辿った研究は和書では稀有といえよう。執筆陣は文学に限らず、フランス服飾・文化史、思想史・芸術論、西洋美術史など多岐に亙る。こうした複合領域からハート形に挑み、ヨーロッパ14~17世紀頃のハート事情を探ったのが本書である。他にもハートに関わる歌曲の声楽(オペラ)も二次元バーコードからアクセスし、視聴できるようにしたのも本書の大きな特徴の一つであろう。
 なお、すでに本書の書評・紹介が、『讀賣新聞』(7月14日)、『信濃毎日新聞』(7月20日)、『月刊美術』(2024年8月号、実業之日本社)に掲載されている。

【目次】
◉はじめに(須藤温子)
第一部 ハートの文化史——哲学・医学・美術・文学(須藤 温子)
マンモスの心臓
古代〜中世
古代エジプトで描かれた最古のハート——耳のついたハート
ハートの語源
世界最古のハート型容器—神に生け贄の心臓を捧げるために
古代エジプトの心臓—心臓の計量
哲学と宗教における心臓—心臓か脳か
ミクロコスモスとしての心臓
善悪の判断と良心
脳と心臓—外科手術
医学(古代〜中世)
心臓を医学的にとらえる 古代エジプト、古代ローマ帝国
アリストテレス
ガレノス
失われた医学の知識——アラビア医学を経てふたたびヨーロッパへ
★心臓の部屋とかたち(1)——古代サレルノ医学校とコンスタンチヌス・アフリカヌス
施療施設としてのベネディクト修道院
★心臓の部屋とかたち(2)―松かさ型やヘーゼルナッツ型の心臓—中世
解剖により可視化されたリアリティ
心臓の中の謎めいた(黒)点—血液とプネウマの循環
★心臓の部屋とかたち(3)解剖学における心臓
——ヨハネス・パイリクとレオナルド・ダ・ヴィンチ
レオナルド・ダ・ヴィンチ
解剖図解における心臓
心臓—肺
器官—心臓あるいは器官—心臓—肺
器官—肺—心臓—肝臓
芸術(美術・文学)(中世〜)
★心臓の部屋とかたち(4)——くぼみのある心臓の出現(一四世紀)
芸術(美術・文学)(中世〜)
ブルクハルト・フォン・ヴォルムス(九六五頃〜一〇二五年)
『梨物語』—差し出される心臓
アモル、ヴィーナス、ミンネ夫人—愛の神々と世俗の愛
傷ついた心臓
『マネッセ写本』(一二八〇頃〜一三三〇年頃)
『キリストと恋する魂』(一五〇〇年頃)
聖女カタリナ——心臓の交換
《ヴィーナスと恋人》と《愛の魔法》
《ヴィーナスと恋人》と〈五つの聖痕とキリスト〉(一五世紀)
心臓を食べるなかれ(cor ne edito)—嫉妬と慈愛
感情のありかとしての心臓—ハートは「慈悲」を表すものへ
「清貧」と「貞節」のアレゴリーに
描かれた心臓
慈愛の擬人像
三分割埋葬——心臓の埋葬
ハプスブルク家の心臓
心身分離の観念とトルバドゥール
心臓物語——食べられた心臓
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【コラム】ハートの伝説いろいろ(須藤 温子)
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第二部 ハートの諸相
◉中世フランスの文学テーマ「愛の嘆き」とハートの形象化 (徳井 淑子)
◉ハートのエンブレム—ペトラルカからヘフテンへ (伊藤 博明)
◉ウィザーの燃える心臓と祭壇—一七世紀イギリスのエンブレムの事例 (植月 惠一郎)
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インテルメッツォ
◉歌と「クオーレ」 (斉田 正子)
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◉人魚の魂・男の心臓—『ウンディーネ』、『人魚姫』、『漁師とその魂』 (須藤 温子)
◉聖心イメージとハプスブルクの聖人たち—金羊毛騎士団を手がかりに (蜷川 順子)
◉小道具、大道具、そして役者としてのハート—西洋一五世紀後半〜一七世紀前半の視覚上の作例を中心に (木村 三郎)
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【コラム】《心臓に毛の生えた》発表—若桑みどりさんの思い出 (木村 三郎)
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◉あとがき (須藤 温子)
◉編集後記 (木村 三郎)
主要人名索引

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