2025年4月15日
会員著書案内著者名 | 署名 | 出版社 | 出版年 |
---|---|---|---|
森本光 | 『脱中心の詩学——エドガー・アラン・ポーの比類なき冒険』 | 彩流社 | 2025年 |
【梗概】
アメリカ文学の作家エドガー・アラン・ポーの文学的営為を「脱中心」というキーワードで読解したモノグラフである。本書は三部構成となっている。それぞれの部は二章から成り立っており、各章ではテクストを可能なかぎり厳密に読み解いている。それぞれの章は異なる作品を扱っているものの、各部ごとに連続したテーマを含んでおり、ふたつの章をセットで読めばそれぞれジャンル論としても通用する仕掛けとなっている。
第一部「ゴシック・ホラーの喪とメランコリー」は、ポーのゴシック的な詩や小説における「横たわる」ことのモチーフに焦点を当て、それが有する現世主義にたいする脱中心性を読み解いている。人類の「生」の本質は二本足で「立つ」ことにあるが、いっぽう「死」と容易に結びつく「横たわる」ことはそれに対する脱中心的な力を帯びる。ゴシック・ホラーのジャンルにおいて横たわることは現世主義的思考に死の影を落として、この世とあの世の世界の境界をあいまいにする特権的なモチーフであることが論じられる。
第二部「サイエンス・フィクションの時空間」は、ポーのSF的な冒険小説を取りあげて、そこにおける時空間や身体の超越の問題について論じ、「いま・ここ・私」を起点とする人間主義的思考を脱中心化する想像力を抽出している。時間や空間は私たちを縛る物理的な尺度であり、皮膚におおわれた身体は人間を個体たらしめる。時空間的に規定され、皮膚によって閉じられた身体を打ち破る表現が、ポーのSF風の作品には見られる。広大な世界を旅するように見えながら、自我なき原初の世界へ回帰しようとする想像力が詳述される。
第三部「起源のミステリーとミステリーの起源」は、一見すると推理仕立ての娯楽小説にみえるポーの作品が、はたして本当に謎解きを本質としたものなのか、という疑問を出発点にしている。ポーは探偵小説の開祖と呼ばれることから、「モルグ街の殺人」や「黄金虫」はミステリーのレッテルで読まれてしまいがちだが、その仮面の下にはじつは別の顔が潜んでいる。とくに垂直的な空間構造と動物や人種的他者の上昇のモチーフが注目され、ポーの推理小説に秘められた脱中心性が明らかにされる。
本論に加えて、三つのコラムとポーの短い作品の翻訳が掲載されている。ポーの翻訳作品は、本論と合わせて参照すれば、ポー文学の脱中心性がよく伝わるだろう。
【目次】
序章 なぜ脱中心なのか
第一部 ゴシック・ホラーの喪とメランコリー
第一章 死者と横たわること――「大鴉」をめぐって
第二章 横たわることの詩学――「アッシャー家の崩壊」の謎をとく
[コラム1]夜の訪問者
第二部 サイエンス・フィクションの時空間
第三章 空気の隠喩――「ハンス・プファールの比類なき冒険」探索
第四章 自我なき海への郷愁――「アーサー・ゴードン・ピムの冒険」SF・脱中心
[コラム2]萩尾マンガの脱中心性
第三部 起源のミステリーとミステリーの起源
第五章 太陽の指針――「黄金虫」と「スタイラス」の図像学
第六章 脱中心の詩学――「モルグ街の殺人」における遊戯の規則
[コラム3]動物好きに捧ぐ
[付録]翻訳
「楕円形の肖像」「週に三度の日曜日」「ウィサヒコンの朝」「本能と理性」「夢のなかの夢」