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2025年3月4日

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著者名 書名 出版社 出版年
伊東裕起 『白鳥と鏡―イェイツと浮世絵、能楽、俳句―』 開文社出版 2025年

【梗概】
 アイルランドの詩人・劇作家であるイェイツは、能楽や俳句、浮世絵などの日本文化に強い興味を示し、それらを取り入れた作家でもある。ネイション意識が問われる独立期に彼はなぜ日本文化に興味を抱き、そして何を見出したのか。本書は彼の日本文化の受容とネイション意識に迫りながらも、同時に彼を語る上で見えていなかった深層部分を読み解こうとするものである。特に従来見過ごされてきた野口米次郎ことヨネ・ノグチの影響、そして彼独自のキリスト教思想や哲学思想、神秘主義思想に焦点をあてながら、彼が日本文化と向かい合い、思索を深める過程に迫る。
 本書の構成は以下である。まずは、イェイツと浮世絵について扱う。第一章では、ヨネ・ノグチによる浮世絵解説本『広重』と、イェイツがなぜそれに感銘を受けたのかについて論じる。イェイツが追い求めていた "simplicity"とは何なのか、それは一般的な意味におけるオリエンタリズムと重なるものなのだろうか。そしてそもそも、ノグチは広重をどのような芸術家として描いていたのだろうか。ノグチによる独特な広重像を鏡のようにして、イェイツの思想の独自性を浮き彫りにする。
 次に論じるのは、イェイツと能楽についてである。第二章では、能楽を下地にした戯曲『骨の夢』を扱う。この劇では復活祭蜂起に参加しながらも、そこから逃げてきた若者がアイルランドの西部の山中で、愛ゆえにアイルランド植民地化の原因を作り出したと伝えられる恋人たちの幽霊と出会う。この若者はなぜその幽霊と出会うことになったのか、そのトリガーを中心に論じることにより、イェイツがこの劇で何を舞台に乗せようとしていたかを示す。
 第三章では、裏切り者の代名詞たるイスカリオテのユダをイェイツがどのように認識していたか、そしてそれがどのように変わっていったかという、いわば彼のユダ観の変遷を論じる。この章で扱われるテクストは、自動筆記草稿や『ヴィジョン』、『骨の夢』、そして能楽を下地にしつつ、ユダを主要な人物の一人に据えている戯曲『カルヴァリ』である。また鍵となる概念は、"Race"と"Individuality"である。
 最後にイェイツと俳句について論じる。第四章では、イェイツの詩「日本の詩歌を真似て」を扱うが、これはヨネ・ノグチ訳の小林一茶の俳句を、剽窃ともいうべき形で引き写した作品である。しかし、なぜイェイツは、剽窃まがいのことを行うほど、そのノグチ訳一茶に惹かれたのだろうか。そこに込めようとしたものは何なのだろうか。そしてそれは、一茶の俳句の背後にある哲学と、どのような相違があったのだろうか。ここでは、一茶とイェイツ、それぞれが悲劇を受容する際の哲学を主軸に論じる。

【目次】
まえがき
◆第一部:イェイツと浮世絵◆
 第1章 雪と炎の“simplicity” ― ヨネ・ノグチ(野口米次郎)の『広重』を W. B. イェイツはどう読んだのか ―
  1.どこに惹かれた?
  2.ノグチの『広重』
  3.“simplicity through intensity”
  4.まとめ
◆第二部:イェイツと能楽◆
  第2章 共に罪深き我らのために― W. B. イェイツの『骨の夢』における 幽霊と若者を結ぶもの ―
  1.『骨の夢』とは
  2.『骨の夢』の幽霊はなぜ登場したのか
  3.第1草稿:疑似親子関係と抵抗歌
  4.第2草稿以降:若者の人物造形とペトロの裏切り
  5.若者の祈りと煉獄の死者たち
  6.まとめ
 第3章  民族主義者か超人か― W. B. イェイツのイスカリオテのユダ観とその変遷―
  1.文学者を惹きつけるユダとイェイツの『カルヴァリ』
  2.民族主義者としてのユダ
  3.超人としてのユダ
  4.ユダと自動筆記
  5.ユダと『ヴィジョン』の月の諸相
  6.重なり合うユダとキリスト
  7.“War between Race and Individuality”
  8.まとめ
◆第三部:イェイツと俳句◆
  第4章 イェイツの「日本の詩歌を真似て」と小林一茶の哲学
  1.「日本の詩歌を真似て」は何を真似た?
  2.小林一茶の「 荒凡夫」の哲学
  3.悲劇的な笑いと自己戯画化
  4.いくつもの螺旋とポリフォニー
  5.まとめ
主要参考文献
あとがき
索引

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