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2024年7月6日

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著者名 書名 出版社 出版年
古井義昭 『誘惑する他者――メルヴィル文学の倫理』 法政大学出版局 2024

【梗概】
 本書は、アメリカ文学を代表する作家ハーマン・メルヴィルの諸作品を、他者という観点から包括的に論じるものである。これまでのメルヴィル研究においては、他者といえば人種理論およびポストコロニアリズム批評の観点から、キリスト教白人の主人公にとっての人種的他者の存在が主に論じられてきた。しかし本書では、コミュニケーション・メディア研究、情動理論、障害学、トランスナショナル研究、倫理批評など、近年の人文学における多様な展開を横断・接続することで、より広義の他者がメルヴィル文学の中核にあることを示すことを目的とする。
 他者の存在に注目することで明らかにするのは、作者メルヴィルは<他者について書くことの倫理>を提示しており、メルヴィル作品を読む読者には<他者について読むことの倫理>が求められるという点である。メルヴィルとは、自身の創作物である登場人物にさえ、その他者性を侵害しない形での他者表象を模索した作家であり、そしてメルヴィルの読者は、登場人物たちの内面に対して侵犯的ではない想像力を絶えず働かすことが求められる。
 本書は計十章(序章を除く)で構成されており、各章につき一作品ずつを論じる。代表作『白鯨』はもちろん、「バートルビー」、『ビリー・バッド』などの主要作品のみならず、まだ批評的認知が進んでいないメルヴィル晩年の詩集までを網羅しており、本書を読めばメルヴィルのキャリア全体を把握できる内容になっている。
 序章においては、本書のキーワードである「他者」と「倫理」について、理論的知見に基づいた用語の説明を行い、議論全体の基盤を示す。その後の十章は四部構成になっており、第一部「他者を求める――孤独な水夫たち」では、メルヴィル作品に潜在する「寂しさ」、すなわち他者を希求する感情に光を当てる。読者が作品内で孤独な弱者を前にしたときに求められるのは、彼らの物語を読み、彼らを忘却から救うという<読むことの倫理>である。第二部「他者を見つける――不気味な自己像」では、自己の内部に抑圧された内なる他者の存在を議論する。ここでは、登場人物自身が「自己」というテクストを読む読者であり、内なる自己を認めるか否か、という読むことの倫理が問われることになる。第三部「他者を取り込む――帝国的欲望」では、19世紀半ばにおけるアメリカの帝国的野望に着目し、南アメリカ諸国を自らに取り込むことで自己拡大を図ろうとするアメリカの、政治的な意味での他者に対する暴力、ならびにその倫理的問題を議論する。第四部「他者を覗く――沈黙の裂け目」では、メルヴィル作品に頻出する沈黙する登場人物たちを取り上げる。メルヴィルの沈黙表象とは、彼が言語によって他者(登場人物)の他者性を表現する方法を模索し、文学というジャンルそのものと格闘していたことの証左であり、そして読者たちにとっては、その沈黙表象が他者の内面を想像する契機となっている。

【目次】
序章 
第一部 他者を求める──孤独な水夫たち
第一章 『白鯨』における寂しい個人主義
第二章 『イズラエル・ポッター』における倫理的寂しさ
第三章 痕跡を書き残す──『ジョン・マーと水夫たち』 における孤独の共同体
第二部 他者を見つける──不気味な自己像
第四章 他者を貫く──『タイピー』における個人と共同体
第五章 「誰も自分の父たりえない」──『ピエール』におけるデッドレターと血縁
第三部 他者を取り込む──帝国的欲望
第六章 時間の暴力に抗う──「エンカンタダス」における不確かな未来
第七章 差異を超える──「ベニト・セレノ」における認識の詩学
第四部 他者を覗く──沈黙の裂け目
第八章 秘密の感情──『信用詐欺師』における障害と公共空間
第九章 バートルビーの机──情動理論とメルヴィル文学
第十章 ビリーを撃つ──媒介される内面

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