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著者名 書名 出版社 出版年
佐野ヘ弥 『エリザベス朝史劇と国家表象―演劇はイングランドをどう描いたか―』 九州大学出版会 2015年

【内容】

ヘンリー八世からエリザベス一世そしてジェイムズ一世が統治した初期近代は、イングランドが近代的国家体制の構築に向かう時期に当たる。英国国教会の設立に代表される政治的・宗教的言説流通の中で、国家意識の急激な高まりは多くの年代記とイングランド史劇を中心とする歴史劇を生み出した。本書は、16世紀初頭から1642年の劇場閉鎖までの時期に創作された49編の全歴史劇を対象に、個別のイングランド史劇に描き込まれた国家表象の有りようを時系列に沿って網羅的に記述した、演劇史研究である。

序章では、歴史劇に関する先行研究の概観と本研究の定位を行った後、国家表象分析の重要な業績であるHelgersonの著書が提唱した2つの体系を検証し、その問題点の修正を個別の史劇の分析を通して行うことを述べる。第一章は、16世紀初期・中期のインタールードを中心に論じる。第二章から第八章の議論は、1588年のスペイン無敵艦隊撃破を契機に、1599年頃までの愛国的な特徴を有するイングランド史劇が多産された時期に対応する。このうち、1592年から2年近くの劇場閉鎖とその後の劇団再編が、この時期の史劇創作の中心にいたシェイクスピアの劇作術に重要な変化をもたらしたことから、第七章・第八章では彼の第二・四部作とそれに関連する史劇に焦点を当てて記述している。また、エリザベス朝史劇の展開上特に重要な第四章と第七章について言及しておくと、第四章は、『ヘンリー六世』三部作を中心に論じる。本三部作では、栄誉あるイングランドが百年戦争での敗退と薔薇戦争での権力闘争によって自己崩壊を来し、反乱とクーデターにより混迷を深める様が描写されるが、最終的にはシェイクスピアが、観客の愛国意識とその意識が生起するイングランドという枠組みとの活性化を図っていることを明らかにした。第七章は、シェイクスピアの第二・四部作を対象に、各戯曲のイングランド表象と、近代性の観点から国家像をめぐるパラダイム・シフトの問題を検証する。『リチャード二世』から『ヘンリー四世』、『ヘンリー五世』へと向けて、中世的な神話や価値観は瓦解するが、対抗する言説の激しい拮抗を通して、それに代わる近代的な認識の枠組みが浮上しつつあることを明らかにした。17世紀前半期を扱う第九章と第一〇章は、1603年の王朝交替を契機として、イングランド史劇の創作に量的・質的な面で大きな変動が生じていること、並びに内乱を前に終焉を迎える史劇の実態を論じる。17世紀前半の大半のイングランド史劇が、プロテスタント国家としてのイングランドの存立をメッセージとして提示していることを明らかにした。

本書は、初期近代イングランドに固有のテクストであるイングランド史劇の独自性を、国家表象の分析から解明すべく検証を行い、ヘンリー八世が施行した宗教改革関連法と修道院解散法、およびこの改革が惹起したカトリック勢力との多面的な摩擦が、イングランド史劇創作の重要な契機となったことを確認した。宗教改革をめぐる問題系こそ、エリザベス朝史劇の独自性と固有性の問題に、最も深く関わるものである。

【目次】
序章
第一章 歴史劇の祖型あるいは黎明期の歴史劇── 一六世紀初期・中期のインタールードとイングランド表象──
第二章 セネカ流歴史劇と英雄劇的イングランド史劇
第三章 王権と教皇権とイングランド――『ジョン王の乱世』と『ジョン王』――
第四章 弱き王たちの王国――『ヘンリー六世』と『エドワード二世』におけるイングランド――
第五章 一五九〇年代前半期における民衆暴動表象の展開――反乱暴動劇を中心に――
第六章 一五九〇年代前半期のその他の歴史劇――『エドワード一世』と『エドマンド剛 勇王あるいは戦が皆を友人とす』――
第七章 シェイクスピアの第二・四部作――近代的国家表象を求めて――
第八章 ロマンス化するイングランド史劇──『サー・ジョン・オールドカスル・第一部』 と『エドワード四世』──
第九章 『ヘンリー八世』への道── 一七世紀初頭におけるイングランド史劇の展開──
第一〇章 ジェイムズ朝中・後期とチャールズ朝の歴史劇
結章
歴史劇年表
関連歴史年表
あとがき
参考文献
索引

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