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著者名 書名 出版社 出版年
北村紗衣 著 『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち:近世の観劇と読書』 白水社 2018

【梗概】

 ウィリアム・シェイクスピアの初期の受容において、女性はどのような役割を果たしていたのだろうか。シェイクスピアが英文学における地位を確立する以前から女性はその作品の普及に貢献をしていたが、女性がどのように正典化に関わっていたのかについては知られていないところも多い。本書は、編者や批評家として表に出ることの多い男性とは異なり、一見見えにくいが確実にシェイクスピアの観客・読者として存在していた女性たちが果たした役割をフェミニスト批評や女性史、ファン研究などの手法を取り入れつつ明らかにするものである。
 第一部では、17世紀の劇場文化や出版文化を押さえつつ、刊本に残された女性ユーザの痕跡や書簡などを主な史料としてシェイクスピア作品の普及を分析する。17世紀に刊行された戯曲刊本の所有者のサインなどを追跡することにより、こうした刊本がアイルランドやコーンウォールなど、ロンドンから遠い地域の女性たちの間にもある程度流通していたことがわかる。
 第二部では、イングランド内戦以降にシェイクスピアを受容した女性たちについて分析する。現存する最古のまとまったシェイクスピア批評を公刊したのは哲学者で作家であるマーガレット・キャヴェンディッシュであり、シェイクスピアが描く女性を高く評価していた。この他にも女性劇作家アフラ・ベーンや、先駆的なフェミニストであったジュディス・ドレイクが著作でシェイクスピアに言及しており、17世紀後半の女性たちが自らの女性としての立場を意識しつつ、シェイクスピアを受容していたことがわかる。また、シェイクスピアに対するカジュアルな言及も増え、たとえば後に英国女王となるアン王女は腹心の部下であったモールバラ公爵夫人に対して書簡の中で国王ウィリアム三世のことを「キャリバン」と呼んでいる。手紙が人に見られることを恐れた2人は、嫌っているウィリアムを『テンペスト』の怪物的な登場人物の名前で呼んでいた。こうした小さな表現からもシェイクスピアの浸透ぶりが窺える。
 第三部では、18世紀の女性とシェイクスピアについて考察する。18世紀の刊本や批評の分析からは、シェイクスピア研究の揺籃期から女性読者が男性同様に学究に関わっており、ロマンスの知識を生かしてシェイクスピアの種本研究を行ったり、夫とともに全集の編集にかかわった女性がいたりしたことがわかっている。また、この時代の最も大きな出来事は1769年のシェイクスピア・ジュビリーであり、シェイクスピアの生地ストラットフォード=アポン=エイヴォンで開催されたこのイベントは近代最初のファン大会であったと考えられる。ファン大会の名に恥じず、『マクベス』の魔女のコスプレでイベントに現れた女性や、参加体験をブログならぬ詩で書き残した女性詩人の記録などが残っている。このイベントを中心に、他の史料を絡めつつ18世紀のシェイクスピア人気と女性ファンの役割を探る。


【目次】
序論──わたしたちが存在していた証拠を探して
第一部 十七世紀における劇場、読書、女性
第一章 十七世紀イングランドの観劇
第二章 読み書きする女性たち
第二部 王政復古期の女性とシェイクスピア
第三章 王政復古演劇と女性
第四章 王政復古期の女性作家たち
第三部 十八世紀の女性たちとシェイクスピア・ジュビリー
第五章 読書する女性たち
第六章 十八世紀の女性観客たち
終わりに

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