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著者名 書名 出版社 出版年
加藤洋介 『異端の英語教育史』 開文社出版 2016年

【梗概】
 本書は1世紀に及ぶ英語教育史の研究である。普遍主義や共時言語学と強固に結びついた20世紀の英語教育は、それらが形成する磁場において歴史に対して反発した。歴史言語学やそれと結びついた語彙研究ほどあからさまに排除されなかったが、英語教育史もまた隅に追いやられた。英語教育の多様な理論と実践を通史的に解説した文献は数多いが、過去から現在への流れを明示し、長期的な言語政策の基盤になる英語教育史はほとんど見えていない。そこで本書はこの磁場を離れ、異端として設置する視点に立ち、英語教育史を明らかにした。
 序論は本書が20世紀の英語教育史の潮流としてとらえる次の4つの動きの概説である。(1)第一次大戦から第二次大戦までの時期に英語を国際言語へ格上げした動き、(2)第二次大戦の直後の英語教育の理論化、(3)50年代半ばから70年代ころまでの標準英語に対する批判的視点の形成、(4)80年代以後の地域英語の容認の動きである。一次資料と図版をつかい、本書全体の歴史的枠組みを示す。
 第1章と第2章は、本書が再評価するC・K・オグデンとI・A・リチャーズのベイシック・イングリッシュの議論である。20世紀はじめの思想的、歴史的コンテクストを明らかにしながらベイシック・イングリッシュの構想を論じ、その価値と再評価の方法を示す。
 第3章は、英語教育と優生学の関係を論じる。とり上げる人物は初期の国際連盟の提唱者であるチャールズ・ウォルドスタイン。彼は平和主義者であり、野蛮な戦争を防ぐために英語圏の文化と言語を世界に広める必要を唱えた。20世紀前半の英語教育と優生学の関係を明らかにし、それが今日の英語教育にどう継承されたかを論じる。
 第4章は、チャーチルの国際政治学の中心にあった英語話者国民の統一の構想を解説する。チャーチルの同時代人、ジョン・レンチという今日では忘れられた人物をとり上げ、彼らの活動を明らかにすることで、これまで見えていなかった英語教育史の重要な面に光をあてる。
 第5章と第6章は、レイモンド・ウィリアムズの一連の重要な著作を基軸として、50年代から70年代までの英語教育史の対抗的な流れを明らかにした。この時代の英語教育の流れは構造主義言語学の影響を強く受けたが、ケンブリッジ英文学からウィリアムズを経て社会言語学へ至る対抗的な流れがあった。本書はこの流れを経験主義の流れとしてとり出し、その大きな遺産を再評価するべきだと論じる。
 第7章と第8章は、同時代の翻訳理論の隆盛と英語教育の関係を論じる。新しい翻訳理論をとり込んだ英語教育の動きが同時代に台頭している。その動きを解説し、一言語主義の英語教育に対する対抗の流れとして評価する。
 本書の特徴は、英文学、言語思想、歴史学、翻訳研究など多様な領域の文献をとり込み、領域横断の視点で英語教育を論じることである。実用的な学問または訓練としてみなされ、人文学の諸領域に対してしばしば排他的だった英語教育を、領域横断の視点で刷新することを意図した。


【目次】
年表
序論
1 I・A・リチャーズとベイシック・イングリッシュの政治学
2 ベイシック・イングリッシュを再評価する
3 英語と優生学――チャールズ・ウォルドスタインの英語話者同盟の構想
4 英語話者の創造の共同体とウィンストン・チャーチルの『英語話者国民の歴史』
5 ディスコースの理論と戦後の英語教育の展開
6 経験主義の遺産と継承――ケンブリッジ英文学の系譜
7 グローバル時代の幻想と翻訳の役割
8 世界文学の海へ――翻訳がつくる未来

あとがき
索引

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