著者名 | 書名 | 出版社 | 出版年 |
---|---|---|---|
金田法子 | 『ジョイスの戦争 短篇集『ダブリンの市民』の作品「姉妹」・「恩寵」にみる教会批判 』 |
中央公論事業出版 | 2015年 |
【梗概】
『ユリシーズ』、『若い藝術家の肖像』、『ダブリンの市民』などを著し、20世紀最大の作家の一人と言われるジェイムズ・ジョイスは、1882年アイルランドの首都ダブリンに生まれた。
ジョイスが生きた時代、アイルランドは未だ大英帝国の植民地支配の下にあった。19世紀中葉には飢饉が度々襲い、首都ダブリンには飢えと窮乏に苦しむ人々が溢れ、そこは「ヨーロッパの中で最も不健康な都市」と言われた。
その頃、ダブリンでは、住民の9割をカトリック教徒が占めており、教会と人々とは密接不可分の関係にあった。人は誕生すると教会で洗礼を受け神の子となる。神の御言葉の伝達者である司祭の言葉に導かれ、日々の行動を省み、罪の認識があるのであれば、それを司祭に告白し悔い改め、赦しを請う。結婚の際には司祭から祝福を受け、死の際には司祭から「終油」をいただき神の世界への導きを得る。このように、生を受けた時から死に至るまで、教会の介在なしに人々が生活を営む事は事実上不可能な仕組みが作られていた。
それに対しジョイスは、「教会はアイルランドの敵」であり、「私は、書くもの、語ること、行うことによって、教会に公然と戦争を挑む」と記す。ジョイスが文筆家である限り「書くもの」とは彼の文学作品に他ならず、彼は自らの「武器」である文学を剣に、「公然と教会に挑む」と述べたと解釈できる。
本書では、ジョイスの「教会との戦争」をテーマとし、彼が、どのような歴史的背景の下に生まれ、どのような家庭環境に生まれ育ったのか、また、どのような教育を受け成長していったのかを論考する。その上で、ジョイスがどのように教会への批判を募らせ、最終的には教会を「敵」と定めるに至ったのかを論じる。そうして得られたジョイスの思想的背景に基づき、短篇集『ダブリンの市民』の中の作品、「姉妹」及び「恩寵」を研究対象として採り上げ、彼の「教会との戦争」がそこでどのように展開されているのかを論述する。
本研究は、著者によるアイルランド、ダブリン市での現地調査に基づく。具体的には、「姉妹」及び「恩寵」の舞台とされた教会を訪れ、教会関係者に対しヒアリング調査を行い、作品に登場する工場や街路、酒場や商店など現存する場所を訪れた。さらに、ジョイスが学んだ教育施設を訪ね、彼が学び、遊び、友人たちと交流し、思考を重ねた場所を見学した。その上で、ジョイスが誕生したダブリンの質素な家や一家の困窮から幾度も転居を強いられ、両親と九人の弟や妹たちと重なり合って暮らした家々を訪ねた。
本書は、こうした調査から得られた実証データや情報を多角的・総合的に分析し、ジョイスの文学作品の底流をなす「ジョイスの戦争」とは一体何であったのかについて、考察を試みたものである。
【目次】
序 章
第 1 章 ジョイス研究の変遷と本研究の意義・方法
第 2 章 文学作品と文学手法
第 3 章 「姉妹」にみる教会批判
第 4 章 「恩寵」にみる教会批判
第 5 章 近代アイルランド史とジョイスの「二人の主人」
第 6 章 ジョイスの生涯 〈1〉
― 誕生から大学卒業まで
第 7 章 ジョイスの生涯 〈2〉
― 大学卒業以降、生涯を終えるまで
終 章
ジェイムズ・ジョイス年譜
注
文献目録
あとがき
索引