会員著書案内
著者 書名 出版社 出版年
英 知明、佐野隆弥、
田中一隆、辻 照彦 編著
『シェイクスピア時代の演劇世界―演劇研究とデジタルアーカイヴズ』 九州大学出版会 2015年

【内容】
 最近のエリザベス朝・ジェイムズ朝演劇研究で必須となったツールが、デジタルアーカイヴズである。これは膨大な研究資料を、広くオンライン上でデジタルデータとして変換、公開するもので、インターネット上で閲覧できる情報・画像・映像データベースなどを含んでいる。執筆者たちは意欲的にデジタルアーカイブズを利用し、シェイクスピア、マーロウ、リリー等の劇作家が描く演劇世界に新たな視点を盛り込んだ最新研究を提示している。

 第一部の「演劇理論と作品の受容」では、「役者の変装とダブリング」を観客がいかに受容したかという理論分析(岡本靖正)、明治日本が受容した『マクベス』論(加藤行夫)、ヘンリー・メドウォール作品の主筋と副筋が持つダブルプロット構造の研究(田中一隆)がある。

 第二部の「劇作家と作品・劇団研究」においては、ジョン・リリーが処女作『キャンパスピ』に込めた、宮廷でのキャリア構築を画策する思惑を検証する論考(佐野隆弥)、またリリーがマーティン・マープレリト論争に関わったことがセント・ポールズ少年劇団の活動停止に繋がったという定説に新たな考察を試みるもの(杉浦裕子)、家庭内悲劇のひとつ『ファヴァシャムのアーデン』をその材源であるホリンシェッドと比較し、作者が身分獲得をめぐる競争のドラマを作り上げたと主張する論考(西原幹子)、トマス・ヘイウッドの歴史劇『わたしをご存じなければ、どなたもご存じない・第二部』で強調される市民による慈善行為に着目し、ロンドン市民たちの価値観や経済力がイングランドの国家基盤形成に貢献してきたことや市民が歴史を動かす原動力のひとつとして表象されていると考える論文(真部多真記)、またシェイクスピアの『シンベリン』とその王政復古期の改作『傷ついた王女』において、前者が同時代の政治的・社会的コンテクストとどのように<交渉>したか、また後者がいかなる国家像を提示したかを明らかにする論考(松田幸子)などが含まれる。

 続く第三部「演劇世界を取り巻く歴史研究」では、クリストファー・マーロウの『マルタ島のユダヤ人』に描かれたスペイン人たちがトルコからマルタ島の支配権を取り戻すアクションを、イングランドがトルコに対して抱いていた不安の反映と見抜いた論文(石橋敬太郎)と、『マクベス』第四幕三場が言及するエドワード王の「奇跡」を、女王の侍医ウィリアム・クロウズが紹介した「瘰癧」の治療法との比較で読み解く研究(勝山貴之)の二本を掲載する。

 最後の第四部「作品の執筆と出版」では、マーロウの『フォースタス博士』が持つ二種の本文「Aテクスト」と「Bテクスト」の差異と、現代の校訂理論と編纂方針およびこれまで行なわれた書誌学研究を批判的に検証する論文(英知明)と、シェイクスピアの「第一・二つ折本全集」から欠落した『ハムレット』三幕四場のいわゆるエンジニア・スピーチを分析し、原話との比較から同場面の特異点を明らかにする論考(辻照彦)を収録している。

【目次】
・序論
・第一部 演劇理論と作品の受容
エリザベス朝演劇における変装とダブリング
 岡本 靖正
鷗外の『マクベス』訳―翻訳者の「意図」を読む―
 加藤 行夫
メドウォール『ファルジェンスとルークリース』の「パジェント」―劇構造の観点から―
 田中 一隆
・第二部 劇作家と作品・劇団研究
ジョン・リリーの出発─セシル、オックスフォード伯、『キャンパスピ』─
 佐野 隆弥
ジョン・リリーとセント・ポールズ少年劇団─マープレリト論争への関わり―
 杉浦 裕子
『ファヴァシャムのアーデン』に見る身分獲得競争のドラマ
 西原 幹子
市民が紡ぐ歴史劇―『わたしをご存じなければ、どなたもご存じない・第二部』
 真部 多真記
『傷ついた王女』(一六八二)における牧歌の破綻―『シンベリン』改作にみるブリテン像の変遷―
 松田 幸子
・第三部 演劇を取り巻く歴史研究
『マルタ島のユダヤ人』と東地中海―イングランドのトルコ外交に対する不安―
 石橋 敬太郎
「王の奇跡」と『マクベス』―ウィリアム・クラウズの医学書を紐解いて―
 勝山 貴之
・第四部 作品の執筆と出版
『フォースタス博士』覚書き ―本文・書誌学研究の観点から―
 英 知明
ハムレットのエンジニア・スピーチ再考―原話のクロゼットシーンとの比較的視点から
 辻 照彦
・あとがきにかえて
 山下 孝子

トップページに戻る