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著者名 書名 出版社 出版年
千森幹子 『表象のアリス テキストと図像に見る日本とイギリス』 法政大学出版局 2015年

【梗概】

 本書は、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』を、文学と視覚芸術の両面から考える、はじめての本格的な『アリス』の比較研究であり、また、明治から昭和初期にいたる『アリス』邦訳と図像に関わる受容研究である。

 本書の関心は二点。第一に、文学と図像の関わり、第二に、イギリス・ヴィクトリア朝のノンセンス作品が、明治・大正・昭和初期の日本で翻訳図像の両面において、どのような変貌をとげたのか、その全貌を子ども、とくに女の子の視点から読みとくことにある。ルイス・キャロルが創作したアリスは、その誕生から現在まで、日英挿絵画家や翻訳者たちにどのように描かれてきたのか、その少女像の変遷の足跡を追った。

 具体的には、目次にみられるように、第一部の第一章では、キャロルその人と、彼の子ども観・女性観、アリス姉妹との関わりと別離、彼の人生のターニングポイントや晩年について論じた。さらに、二つの『アリス』作品解釈を通じて、『アリス』作品には、ヴィクトリア時代の家父長社会の苦境で将来生きていかなければならない、アリスをはじめとした幼い少女読者たちへの問いかけ、どのようにその苦境を乗り切るかのキャロルなりの積極的なメッセージがこめられていると論じた。

 また、第二章では、挿絵画家キャロルとテニエルが、葛藤と共同作業を通じて、いかに挿絵本の傑作を完成したのか、さらに、テニエルの『アリス』図像解釈について論じた。

 第二部の第三章では、『アリス』受容の背景として、日本語翻訳に関わる言語学的文化的問題点と特質、明治から昭和初期の子どもと女性の社会的地位と教育について論じ、さらに、東西美術交流のケーススタディーとして、出版されずに終わった初山滋の『アリス』挿絵をとりあげ、英米の同じ場面を扱った挿絵と比較した。

 第四章では日本最初の『アリス』翻訳である『鏡世界』(1899)をはじめとする明治期の初期翻訳と挿絵を取り上げ、明治時代の『アリス』翻訳の特質を解明すると同時に、日本美術やアールヌーボーなど当時の美術潮流の影響などについても論じた。

 第五章では、大正期の児童雑誌における『アリス』抄訳を取り上げ、大正期に新たに導入された近代的な子ども観との関連を論じた。具体的には、児童絵本『幼年の友』(1917)と、従来、公表されていなかった数号を含む児童絵本『日本幼年』(1918)の抄訳と挿絵、大正期の著名な児童雑誌『赤い鳥』(1921)に掲載された鈴木三重吉の抄訳と清水良雄と鈴木淳の挿絵と、『金の船』(1921)に掲載された西条八十の翻訳と岡本帰一の挿絵を取り上げた。

 さらに、第六章では、大正から昭和初期にかけて単行本出版された代表的な邦訳三冊―『ふしぎなお庭 まりちやんの夢の國旅行』、『アリス物語』、棟方志功の『アリス物語 鏡の國』―を中心に、この時代の翻訳と挿絵を、体系的に論じた。

 第二部では、今まで公表されていなかった『アリス』邦訳にかかわる新資料も交えながら、翻訳受容と日本文化の関係、および、日本図像としての受容と再構築の問題と日本文化や日本美術との関係についても言及し、それぞれの翻訳者やイラストレーターがいかにして創意工夫を凝らし独創性を打ち立てたのかに論点を絞って論じた。

 以上、『アリス』テキストを文字・図像テキストの両面から解明する点、子どもと少女を日英の女子教育ジェンダー観点から考察した点、体系的な日本におけるアリス受容史である点において、従来の研究では全く試みられなかった独創的な研究といえる。

【目次】
プロローグ:
多様なアリス/本書の概要/先行研究/本書の特徴と独創性/アリス図像/アリス邦訳/イギリスのアリスから日本のアリスへ──受容と融合
第一部 キャロルの内と外なるアリス
第一章 キャロルと二つの『アリス』物語
 一・一 作家ルイス・キャロル
キャロルの感情生活/キャロルの女性観/キャロルと子ども/キャロルとアリス姉妹/アリスたちとの別離/キャロルの転機/晩年のキャロル
 一・二 アリス
アリスとは/キャロルの内なるアリス(アリスの変化とメタモルフォーシス)/キャロルの外なるアリス/女性の登場人物
 一・三 ヴィクトリア時代のアリスたちへ
読者への問いかけ/アリスの未来/ヴィクトリア時代の子どもたちへのメッセージ
第二章 挿絵画家キャロルとテニエル──『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』
 二・一 挿絵画家ルイス・キャロル
キャロルと挿絵/『アリス』以前に描かれたキャロルの挿絵/『アリスの地下の冒険』
 二・二 挿絵画家キャロルとテニエル
キャロルの影響
 二・三 ジョン・テニエルの『アリス』
ヴィクトリア時代のイラストレーター/テニエル、キャロルそして『アリス』/テニエルのヴィクトリア解釈
第二部 オリエントと『アリス』
第三章 オリエントと『アリス』
 三・一 背景研究──言語学的文化的観点から見た日英比較
ジャンルと言語/日本の翻訳者がであう困難/言語と世界観/ノンセンス
 三・二 受容の文脈─読者層
明治から大正にいたる文化的社会的背景/明治から大正期にいたる教育制度の変遷/変容する児童イメージと児童観/子どものイメージとその時代的変遷/児童文学における少女イメージ・少女観の誕生/明治時代から大正時代にいたる児童文学
 三・三 西洋と日本の融合─幻に終わった初山滋画『不思議國のアリス』
出版されずに終わった初山滋の『不思議國のアリス』図像発掘/ジョン・テニエルの「アリスと子豚」/アーサー・ラッカムのアリス─思春期の少女の系譜/ チャールズ・ロビンソンとメイベル・ルーシー・アトウェル─かわいさの系譜/初山滋の『アリス』図像/初山滋の世界──日本と西洋の融合
第四章 初期『アリス』翻案と翻訳(一八九九─一九一二)
 四・一 日本最初の『アリス』翻訳──長谷川天溪の『鏡世界』
 四・二 明治の初期『不思議の国のアリス』翻訳
初期の『不思議の国のアリス』翻訳/翻訳者の『不思議の国のアリス』解釈/翻訳? それとも翻案?/日本の『不思議の国のアリス』翻訳に見る因習と道徳/日本化/誤訳/言葉遊びと造語/日本の少女アリス
 四・三 明治期の『不思議の国のアリス』挿絵(一九〇八─一九一二)
『アリス物語』の川端昇太郎の挿絵/芳村椿花画『子供の夢』と椿花山人画『お正月お伽噺』/『愛ちやんの夢物語』
第五章 大正児童雑誌における『アリス』邦訳
 五・一 昭和初期の絵雑誌における『アリス』邦訳
初期絵雑誌と『アリス』邦訳/『幼年の友』掲載の『フシギナ クニ』/『日本幼年』に掲載された『アリス物語』
 五・二 児童雑誌『赤い鳥』におけるアリス翻訳『地中の世界』
雑誌『赤い鳥』/『赤い鳥』の絵画/鈴木三重吉の『地中の世界』/『地中の世界』のイラスト/清水良雄と『地中の世界』/清水良雄の世界/おわりに
 五・三 『鏡國めぐり』
『鏡國めぐり』翻訳/岡本帰一の『鏡國めぐり』挿絵/むすび
第六章 一九二〇年から一九三三年の『アリス』翻訳
 六・一 大正末から昭和初期にかけての『アリス』翻訳
 六・二 『ふしぎなお庭 まりちやんの夢の國旅行』
鷲尾知治編『まりちやんの夢の國旅行』/斎田喬の挿絵/むすび
 六・三 『アリス物語』(海野精光口絵、平澤文吉表紙/菊池寛・芥川龍之介共訳)
プロローグ/『アリス物語』のイラスト/菊池寛・芥川龍之介共訳『アリス物語』
 六・四 『アリス』とジェンダー──棟方志功の『アリス』図像
棟方志功/棟方とテニエル/棟方芸術/棟方のアリスと日本美術/棟方のアリス図像の独自性/棟方志功と初山滋/おわりに
エピローグ──現在のアリス
子ども期と思春期/フロイト解釈/キャロルにとっての思春期/第二次世界大戦以降の多様な解釈/女性の時代/「かわいい」アリス/戦後の翻訳──センスの崩壊の時代/二一世紀のアリス研究──視覚表象研究の未来
あとがき

初出一覧
図版リスト
参考文献
索引

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